「怒涛の一日」

2月に入りましたね。早い~!!
今日のブログは暗いです。

 

今年は正月明けに母が脊椎狭窄症の手術で入院。
その間、父の食事や身の回りの世話をしながらの仕事&5月のショウのリハーサル開始。

 

母の退院は明日あたり?そんな時に父の透析先の病院から「少し相談が」と言われ、不安を胸に初めての病院へ。そんな中、父方の叔父の訃報が。フワフワした気持ちのままリハーサルへ向かいダンサー達と向き合い、彼女達の踊る姿に心が戻りました。
帰宅して少し痩せた母が居間にいて、部屋の灯りが少し明るく感じました。

 

以上怒涛の一日。

 

先日叔父のお葬式。
何十年も療養していた叔父なので、親族だけの小さなお葬式。写真もなんと30年以上も前のものでした。
私の知らない元気な頃のおどけた叔父の写真などを少しだけ見る事が出来て、彼の80年以上の人生を想像してみる。

 

そんな事から、葬式の参列者やその他の親戚の話を母としました。
今日参列したあの人はだれ?よく考えたら祖母や祖父は何人兄弟なのか?何をしていた人なのか?知らなかったのだ。
「よくわからないけど、大勢兄弟だったらしい、、でも小さい時に強盗に入られて一家全員殺されちゃっておばあちゃんだけ生き残ったらしい」と、この歳になって初めて聞かされ衝撃を受ける。
改めて今私がここに生きている奇跡を感じました。
私が有名人だったらNHKのファミリーヒストリーに先祖の事を調べてほしいな。

 

ここからは回想。
今回亡くなった叔父、そして私の父が生まれ育った家は所沢のお寺の脇にありました。築80年以上でボロボロでした。一目瞭然で傾いていたから訪ねて行って引き戸を開けるのに一苦労でした。入って左手に鍛冶屋だった形跡の土間、右手にも土間で、そこは外が見えるほどの隙間だらけの台所と仕切りの無い風呂。その風呂桶は木で出来ていて、幼い頃そこに入った時は淵が茶色でヌルヌルとしていて所々腐っていました。傾いた階段が玄関のすぐ目の前にあって2階へはもう誰も登らない。きっと父の若い頃は7人家族がここに暮らしていただろうに。10年程前に訪ねた頃は、奥に半身麻痺の叔父がたった一人でこたつに座っていて曲がった口で「いらっしゃい」と言ってくれた。
そんな家は、数年前に叔父も退去し今は更地でお寺の敷地となりました。

 

こうして時代は移り変わっていって行くのだな~ 父と母が元気なうちに家系図でも書いておいた方が良いかもな、と思いました。


[Posted by kumiko at 2017年02月1日]